好物

 ふ、と思いついた。






「馬って、ほんとにニンジンが好きなのか?」






 そのように言われているが、他の野菜の方が好きかもしれないじゃないか?と。そしてさらに、






「うさぎも、ほんとにニンジンが好きなのか?」






 なんとなく、くわえている姿がだいこんより、ごぼうより、セロリより色的に見栄えがするからじゃないのか?菜っ葉の鮮やかな緑もいいかもしれないけど、その場合いい感じの「こりこり」感がないし。トマトもべしゃぺしゃする。ラディッシュ芽キャベツはおしゃれすぎる。






「見た目と音がちょうどあんばいいいからじゃないか?」






 そんな気がしてならない。ほんとうはなにか好きなのだろう。教えておくれ、馬とうさぎよ。






 

春のごちそう

 散歩をしていると、桜の木にウグイスが止まった。そこは梅なんじゃないのか、ウグイスよ。そして桜は全然咲く気配もないぞ、ウグイス。咲いてない桜の木ってなんか枯れ木っぽいぞ、ウグイス。
 





 止まったウグイスは木についているコケをガツガツついばみ始めた。まるで肉にかぶりつくルフィのように勢いよく。あまりに食べまくるので、もしかしてコケの食べ過ぎでウグイスはその色なのかと思うくらい。






 でもスズメや山鳩やよくわからない春先の微妙な大きさの鳥たちはコケに見向きもしない。地面を盛んについばんでいる。こんなに、



「うっ、ウメウメ!ウマスギ!」



 とウグイスががっついているのに。






 結論、コケはウグイスだけのごちそうです。






 

ちなみにわたしは仕事帰りに本屋で普通に買いました

 村上春樹氏の新刊が出るたびに大騒ぎになる。






 首都のお店では販売日前日からフェスタであり、日が変わるや否や深夜から本を売り出す。「ハルキスト」と呼ばれるファンは行列をなし、カウントダウンで祝い一秒でも早く本手に入れる。






 いつもそれを見るたびに、



「俺は仮面ライダーになりたかったから、絶対に仮面ライダーの靴は履かなかった。仮面ライダー自転車にも乗らなかったし、仮面ライダーふりかけも食べなかった。なぜならそれは仮面ライダーから最も遠いことだから」



 というダウンタウン松ちゃんの言葉を思い出す。なんか違うかもしれないけど思い出す。別にハルキストはハルキになりたいわけではないのだろうけど、ハルキストのカウントダウンは村上春樹から遠く離れたところにある気がする。






 

風情の使い道

「風情がある」







 という言葉でなにを思い出すだろう。夏の夕暮れ風が吹くとか、冬の屋台で眼鏡が曇るとか、うららかな春に昼寝とか、秋の食べ物を片っ端から並べるとか。






 わたしはそうではない。昔、吉本隆明が、






明石家さんまが番組を終えて、コップ一杯の水を飲むさまは風情がある」






 と言っていたので、いの一番に「風情」といえばウォーターさんまさんである。バナナと言ったら黄色くらいそうなのである。そしてわたしは戦後最大の思想家と呼ばれた吉本氏のこういうところがとても好きである。






 

小一時間

 この間、ハイキングに行ったところ、山を下りたところにある公園でご婦人方が会話をしながらお弁当を食べていた。







「えぇ!」








 と大げさな声に続いて、






「こいちじかん!」


「そう」


「МRIで?」


「そう、МRIで小一時間」






 そのやりとりが通りすがりに聞こえてから、「えむあーるあいでこいちじかん」が一日に何回か再生されます。長いだろ、小一時間は。






  

食われた

 東京に行った。すごくすごく久しぶりに行った。田舎者が嬉しそうにお気に入りのマフラーを巻いて行った。







 朝の山手線のラッシュというのに初めて乗った。箱の中に入っていい数をはるかに超えた人が人でなくるようなありさまにねりねりと練られに練られて自分が自分でなくなるよう、何駅か経てほうほうのていで出るとマフラーがなくなっていた。






 マフラーからすると、東京に着くや否やぎゅうぎゅうで、ぎゅうぎゅうの中にぱくぱくだ。あーあ、かわいそうなマフラー、いまごろなにしてっかな〜。







 




メルヘンの話

 仕事で担当しているおばあさんが先日、左手をパンパンに腫らせて包帯ぐるぐるで来たので、



「どうしたのですか?」



 とびっくりして尋ねたところ、




「妹の家で猫のケンカを止めようとして、ひっかかれた」



 とのこと。ちょっとほのぼのとしたが、怪我はずいぶんひどそうだ。おまけに、「腕も咬まれた」とそでをまくり上げたそこにはがぶりがぶりがぶりと。あんまりほのぼのしなくなってきた。



「妹の家には猫が五十匹いて」



「まるでゴミ屋敷だ」



 あー、全然ほのぼのとしなくなってきた。おばあさんが、猫ちゃんのけんかを止めた話かと思いきや、ゴミ屋敷に五十匹の猫がいて凶暴な話だった。よく考えたら大体のメルヘンは実は怖い話なのだった。